2012年03月28日

「自分のまま」でいる

ありふれすぎてて、かえって的確に表現するのが難しいのですが
「あなたはありのままでいい」


今は、自分自身の「ありのまま」が実に見えにくい時代だなあと感じます。

色んな情報があふれ、スクールや習い事、
スキルアップの機会がとても増えました。

「何かになる」ためのきっかけには事欠かない、
便利な世の中ですよね。

が、だからこそでしょうか。
肝心の「自分が何になりたいか」を深く掘り下げないでも
なんとなく生きられてしまう、そんな感じがします。


雑誌ひとつとってみても、
人を類型に当てはめる単語がすごく目に付くような・・・

「○○系」とか、「○○ガール」とか。


でもさ、人ってそんな単純じゃないですよね。
誰かが作った「モデル」に綺麗にはまって生きられるほど
自分というものは単純に出来ていません。

知らず知らず、誰かが創り上げたイメージに
自らハマろうとして、

なんのためだかわからない「自分磨き」
どこにあるんだかわからない「自分探し」

やっちゃっていませんか?


これは、独身者だけの話ではなくて

主婦、既婚者もしかりです。


誰かが創り上げた「デキル主婦」になろうとしていませんか。
(男のひとは、サラリーマンとか、適当に置き換えて読んでね)

時短家事とか、仕事と家事をきちっと両立させる主婦とか。
誰もが憧れを抱く奥さん。

まあ それが自然に出来れば、素敵なんでしょうけど
全員がテキパキ、ちゃんと、きっちり出来るもんじゃないですよね。

そこは個々の能力差があるし、そして別に本来は
家事なんか出来ようが出来まいが、
地球が壊れるわけじゃないし、どうでもいい話なのです。
その人が出来る範囲でやりたいようにやってればいいわけで。


自分のアイデンティティ、

それは本来は、人の評価やジャッジによって、揺らぐものではありません。
良くも悪しくも、自分なんて、シンプルに「ここ」にしかないので・・・。

でも何か、人に説明できなければ、
自分の存在意義とか、能力をアピールをしないと
世の中にいてはいけないような
そんな無言の圧迫感が、今の世の中にはある気がします。

ちっちゃい頃からそういう教育を受けるせいですかねえ。


でも、重ねて言うようですが、自分にとっての自分って、
人に説明できるほど単純じゃない。
それに、誰に理解される必要も、ないのです。
自分で自分をわかっていればね。

色んな経験、喜び、悲しみ、苦しみを経て
ひとはだんだんと、自分にとって、何がツボなのか
知る機会を与えられます。

その自分を、良いものも悪いものも正直にみとめ、逆らわなければ
苦しみはだんだんと少なくなり
そして、自分を苦しめる人も、だんだん周りからいなくなります。


偽りの仮面をつけてると、
それがあなたのホントの顔だと思って近づいてくる人に囲まれます。


ホントの心の奥はだらだらするのが好きなのに
テキパキした人に囲まれて、お互いを切磋琢磨しあう関係みたいになっちゃって
自分がダメ人間に思えて、切磋琢磨どころか、
自分だけどんどんけずれてっちゃったりさ

ホントはそこまで家事とかできないのに
出来るふりして 本物の出来る奥さんとの会話に疲れちゃったりさ・・・。


本性見せると、嫌われる? ダメなところみせると、嫌われる?

そんなことないですって。
しいて言えば、それで離れていく人は、
本来はあなたと合わない人だから、
離れて吉なんじゃないですかね。


だらだらした、不完全なあなたを
あなた自身が認め、自分を愛し始めれば、

そんなあなたを、まるごと好きでいてくれる人が、引き寄せられますよ。
異性だけじゃなくて、同性も。
老若男女、あなたの好きな人が、あなたの周りに集まってきますよ。


そんなわけで

自分がなんだかわからないとか

やりたいことがわからない、そんな人は


とりあえず力抜くところから、ですね。

世の中が用意しているプランに、
あなたのやりたいことなど
ないのかもしれません(笑)

だから、それを血眼になって探すのは不毛です。


でもあんがい

スーパーのチラシ見るのが楽しいとか
誰もが出来るフツーの料理を普通に作るのが楽しいとか
地味~な、「趣味」とすら呼べないような、
何か好きなこと、あるんじゃないかな。

それに名前つけようとしても

「チラシ読みが趣味です」

とか超かっこわるいよね(笑)
↑ちなみにこれ私の趣味なんだけどw
でも、別にいいっすよね。好きなんだもん。
理解されなくたって、説明に値しなくたって、いいじゃないですか(^。^)


自分を責めたり、背伸びするのをやめて、自分を好きになると、
毎日がキラキラ輝き出す。自分のことを好きな人が集まってくる。

それだけで生きるの超ラクですよ~。


だから、どうか「何か」になろうとしないで

「自分のまま」で

いてください☆


では、今日はおやすみなさい(^_^)/


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つくばのスピリチュアルヒーリングルーム
Atelier Pallete -パレット-
http://atelierpallete.web.fc2.com/index.html

mokkun_cafe@yahoo.co.jp
090-4758-8775
電話は本名の「川村」で出ます。
本業のお店(カフェ)が忙しいときや、
セッション中など出られないこともあります。
お急ぎでない場合は、なるべくメールでご連絡ください。   


Posted by もっくん at 00:19Comments(1)スピリチュアル・コラム

2012年03月23日

依存、そこからの脱却、自立

『依存』という問題について
考えさせられることが多い今日この頃です。

依存の対象は、それこそドラッグや食べ物、
ペットから人、癖、まで多岐にわたりますが

今日は人に対する依存、
特にパートナーへの依存について書いてみようかな。


たとえばの例ですが

「彼が○○を許してくれないから、私は○○できない」

って聞くと、印象的には、
彼は、彼女をしばりつけるひどい男(夫)なのかな、
と一瞬思いますが

まあ彼女にそう言わしめるからには、
彼にそういう部分は多少はあるのでしょうが

これは、裏を返すと、彼女の方にも問題があります。

その「○○」に関しての決定権は
本来は自分にあるはずなのに、
なんやかんや理由をつけて、決定権を放棄し
彼に自分のことを委ねているのです。

表の意識では、「自分は被害者」という思いがあるので
自分でこの構造に気がつくのは、容易ではありません。

自分で物事を決める、つまり「自立」というのは
ある意味パワーのいることで、怖いことです。
そこを放棄して、相手に文句をいいながらも
相手のせいにし続けるのは、実は自立するより楽なのかもしれません。

客観的にはそうは映らないけれど、
その現象はある意味、「依存」と呼んで間違いないものでしょう。


こういうケースは、パートナーもその関係性に満足していて、
彼女を支配する、という共依存が成り立っていることが
ものすごく多かったりします。

例えば


「お前は馬鹿だから何もわからない」

とパートナーを決めつけ縛り付ける

彼女も、私は馬鹿だから、彼に決めてもらわないと怖いことが起こる
と自分で信じている。

もちろん本当はそんなことないんだけど、
その状態に甘んじている。

彼は、「あいつはオレが面倒を見ないと生きられない」
と文句を言いながら、その状態に満足している。
(そこに「オレ」の存在意義を見出しているわけですね)
彼女も、縛られて苦しいながら、自分で決められる、という発想がないので
広い意味ではその状態に満足している(甘んじている)。


とかね。
これ、客観的に見ると明らかな共依存ですが
2人の関係をかなり俯瞰しないと、この構造は見えません。

このケースは彼がまあ小物っつーか
ホントは肝っ玉の小さい内弁慶だったりするんですが
(そしてそれを指摘すると烈火のごとく怒ります。図星だからw)

彼を悪者にしても何も解決はしないんですね。
その状態に甘んじさせてるパートナーも、
被害者ではなく、共犯者と言えるでしょう。


まあケースは色々ですが

依存の問題というのは、
かたっぽだけがどーしょもねえ、
というケースは、おそらく存在しません。

オセロの中島さんの占い師の件もそうですね。
依存する側(凸) される側(凹)
と鍵がぴったり合うので、そういう関係が成立していたわけで。
まあこの占い師はしょーもないけどさ(笑)
大きな意味では、どっちが悪いということはないのです。

虐げられる側にも、同じくらい問題があります。
その状態に、依存しているのです。


そして、そういった依存から抜け出すためには

『自分で決める』『自立』『自分で自分を満たす』

これが不可欠になってきます。
今までやって来なかった人がそれを決断するのは
とてもとても大変なことです。

でも、そこで被害者ヅラをやめて、
ちょっと踏ん張らないと、苦しみはずっと終わりません。
たとえ今のパートナーと別れても
次のパートナーも、同じような人を引き寄せてしまいます。


私はその現象、「ダメ男ホイホイ」と呼んでいるんですが(笑)

茶化してはみるけど、本来は笑えない話ですネf(^^;


ドキッとする部分のあった方は
痛いとは思うけど、ぜひ、自分の幸せのために
真剣に向き合ってみて下さいね。

あなたは、自分で決められますから。
あなたは、自分で立てますから。
あなたは、自分で自分を満たすことが出来ますから。

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Posted by もっくん at 00:22Comments(0)スピリチュアル・コラム

2012年03月13日

自分の闇(やなところ)を受け入れることの大切さ

こんばんは☆

気がつくと前のブログから3週間あまり・・・
月日が経つのが早いです(^^;
おかげさまで、ヒーリングのご依頼もたくさん頂き
カフェ仕事もあいまって、かなり忙しい毎日を送っていました。

ここ最近というか、普遍的なテーマなのかもしれませんが
「自分の闇を受け入れる」というのが
セッションのテーマになっています。


特に、スピリチュアルなことに
もともと造詣が深い方にありがちなのですが


波動の高いと言われているもの、
からだに良いとされるものが大好き・・・

浮世離れしたスピリチュアルな綺麗な世界に
常に心を置いている・・・

神、愛、光、という言葉が大好き・・・


それ自体の本質はもちろん悪いことではないのですが
そのあまり、いわゆる俗というか、現実の世界と
自分の身(心)の置き所を乖離させている
そんな方が多いのです。

私も、そのコンディションを体験したことがありますが

自分の内面世界とはうらはらに、
現実世界が荒れて荒れて、むしろ
スピリチュアリティの欠片もない(と思わせるような)
人や出来ごとが周りに集まってきて、
余計に現実から心を離したくなる。。。

みたいな悪循環が起こってきます。

それはなんでだろう?
私は悪いことはしていないし、平和を望んでいるだけなのに
何がこれを呼んでいるのだろう?
と、私も当時はとても悩みました。


最近、やっとその答えがわかったような気がするのですが、
それは、やっぱり自分の内面の問題でした。


自分の中に、ほんとは存在している怒りや不調和を
私は完全に無視していたのです。
それは闇だから、それは私は持っていないハズだからと

私は神、愛、光・・・
という心地よいワードで、自分の闇をなかったことにしていたのですね。
だから、その闇が、わたしを忘れないでとばかりに
色んな事象となって、自分の現実に顕れていたんです。


世界の本質は、光と闇が半分ずつ、で出来ています。
陰陽のマークを思い返して下さい。
おそらく、これが人間や世界の本質なのです。



あるものをなかったことにすることは出来ません。
隠しても隠しても、いつかは必ず出てくる。

しかも。
その隠したいものが、本当は自分を苦しめている、
そして、最終的には自分を救ってくれる鍵になるのです。


自分にも他人にも
完璧など、ありはしませんね。

なのに、自分、他人、世界に完璧(光100%)を求めるから
常に傷ついてしまう。それはありえないから。

自分の中に常に戦争が起きるのです。
光と闇、という対立が。
それが、外面世界のアンバランスに反映されます。


ところが、いったん勇気を出して、
闇を認めてみたら・・・
逆に、闇が暴れなくなります。
光と同じ、ただの側面になり、対立がなくなるのです。

2つとも、コインの裏表で、本来はバランスと均衡をもって
世界を作っている要素なのですよ。


・・・・・・

うーん、自分で書いてて
禅問答の領域だな こりゃ(笑)


具体例をあげてみると

うちの父のことなんですけども


父は、かつてヘビースモーカーだったのですが
10年くらい前、祖母(父の母)の死をきっかけに、禁煙しました。

詳細な事情は割愛しますが、
スモーキング風景はうちの風物詩、くらいに
自然にたくさん吸っていたので、よくやめられたな~と
感心して、最近、禁煙の秘訣をきいてみたのです。
(私自身は喫煙の習慣はないですけど、
 辞めるのはすごく大変だ、というのが一般論ですよね)

そしたら、

「たまに吸うことだ」

って言うんですよwww


しょっちゅう吸ってたら禁煙じゃないですけど、
例えば、飲みの席で、「どうですか?」と
周りの人がすすめてくることがあるんですって。

そういう時は、やっぱり雰囲気にのって?
ちょっと吸いたくなるんだって。
で、あえて我慢しないで、「じゃあいただきますね」
って1本吸うと、もうそれっきり、別に吸いたくもないそうです。


・・・これがどれくらい一般的な話なのかはわからないけど(笑)

「絶対吸っちゃ駄目!」

って100%「正しいこと」を自分に押し付けると、
きっと、それは嘘があるんでしょうね。
で、「正しくないこと」をちょこっと認めてやると
逆に、闇(=吸いたいよ!という気持ち)が暴れないのでしょう。


・・・・・・
どうかしら? 伝わりました?

ストイックな人、光に向かう意識が強い人ほど
自分を制する意識が強くて、表向きには
自分の弱さをねじ伏せることができるんですけど、

そういう場合は、自分じゃなくて、身近な人間関係を通して、
闇が噴出してくるのですよ。。。

もちろん、自制心がなさすぎるのもダメなんですけど、
その辺はバランスなんですよね。


いいことをやってるはずなのに、
なぜか苦しくてしょうがないとか、
そういう悩みがある方は、ぜひ参考にしてみて下さいね。
その苦しみが、あなたを救うヒントなので・・・。

「闇を受け入れること」

ちょっと駄目なとことか、自分が認めたくないこと
許せないことを、許してみる。

家事が中途半端でもいいじゃない。
性格にちょっと欠けたところがあってもいいじゃない。
ちょっとくらいタバコ吸ったっていいじゃない。
ちょっとくらいからだにわるいもの食べたっていいじゃない。

不完全さを愛するんです。自分も、他人も、まわりの世界も。
そしたら、望んだ平和がやってきます☆


すごく奥が深く、いろんなケースのある事象なので、
よくわかんない方は、ぜひセッションいらして下さいネ(^_^;)
何があなたの場合の本質なのか、カウンセリングで、
私も一緒に考えさせていただきます。

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Posted by もっくん at 23:47Comments(1)スピリチュアル・コラム